8世紀以降、西洋では、商業及び流通の低迷によって、各地方の経済的な独立傾向が強く、無数の豪族が割拠しており、強力な統治を広域に渡って行える政府は長らく成立しなかった。そのためこの時代に巨大な軍隊が組織されることはまれであり、戦争は小規模で略奪に終始するようなものが大半であった。
この時代の軍隊の中核を成したのは、武装した豪族である騎士であり、彼らは礼節を重んじる独特のしきたりを形成していたが、そのようなしきたりは、互いが騎士である場合にのみ通用することがあったにすぎない。
騎士たちは民衆に対しては軽蔑の念を抱いており、民衆に対する略奪や放火に全く容赦は見られなかったのである。そして性欲処理の多くは強姦で、強姦についても同様であり、彼らはあらゆる機会をとらえて女性を罠にかけ、性欲処理の手段の一つにした。そのうえ彼らは、兵士たちの狂乱が民衆に向けられても、止めようとはせず、あえてそれを放置したのである。
また強姦のほか、従軍する娼婦によっても兵士の性欲は満たされた。たとえば、12〜13世紀に成立した騎士パルツィファルの伝説では、戦士たちのテントのそばに娼婦の宿舎が見られるという。
ところで、13世紀に行われた十字軍のエジプト遠征は、イスラームの軍勢に補給を絶たれ、多数の病者を出して壊滅的な敗北を喫したが、当時の記録には、これについて、女性との肉欲を絶ったため、性欲処理ができなかったのが原因で、多数の死者がでたと述べるものがある。
これは中世において、軍隊の性欲処理の必要性がいかに深く認識されていたかを物語るものであり、非常に興味深い。











