18世紀末のフランス革命によって西洋には、大衆を徴兵する巨大な国民軍が出現、戦争は、大規模の兵力で戦われるようになった。その後、いくつかの戦争を経て、西洋諸国は、人的物的資源及び科学技術の総力を挙げて軍備拡張を行うようになっていった。そして20世紀にはいると、その肥大した軍事力が全面的に衝突、1914年に世界大戦を引き起こすことになった。
世界大戦は、国民大衆を巻き込んで熱狂のなか行われたため、外交的解決の見込みは無く、長期戦に陥ったが、そうなると当然、前線に押し込められた兵士たちの性欲処理が重要問題となる。最初は健康的な生き方として禁欲が奨励され、兵士は塹壕の中で自慰行為で性欲処理を行うことが多く、やがて様々な方法が採られるようになった。
まず、休暇を与えて帰郷させるという方法で軍人の性欲処理の手段の一つ。そして帰郷すれば妻や恋人がおり、さらには前線に夫や恋人を奪われ、留守を守って禁欲と孤独に苦しむ女性の大群がいた。帰休中自分の妻以外に多くの女性と性交することは、兵士たちの間では自慢の種であり、尊敬の的でもあった。
また前線に慰安所を設けて娼婦を置くという方法も採られた。そして塹壕で緊張と禁欲の日々を送る兵士たちは、短い前線休暇の間、列をなして娼婦のもとに通った。
このほか、前線休暇中には慰安所の娼婦以外の女性と関係を持つことも、不可能ではなかった。当時の一般市民の生活は、規則正しく給養を与えられる軍隊のそれを下回っており、食料等を工面すればそこが敵地であれ、現地の女性の歓心を買うこともできた。またドイツの兵站地で勤務する女子突撃隊はふしだらな行状で有名であった。
それから、当然のように同性愛も流行し、兵士たちには、これを恥ずべき行為として戒めるビラが配られた。
やがて世界大戦は、参戦諸国にすさまじい消耗をもたらして、1918年に終結するが、その後20年あまりで再び世界規模の大戦が勃発している。この大戦でも帰休に関する状況は前大戦とあまり変わらない。帰郷すれば、妻や恋人が待ち、さらに恋人や夫あるいは男友達を戦場に奪われた女性が大勢待ちかまえていたのである。
これに関して、何か付け加えるべきことがあるとすれば、女性の自立が先の大戦よりいっそう進んでおり、これとともに、夫や恋人の不在がもたらす影響も、性欲処理よりいっそう深刻な問題になっていたということだけだろう。
ところで、この二度目の世界大戦は、高度に発達した兵器によって高い機動性をもって戦われたが、そのためには兵器の整備や通信業務など、戦闘以外の膨大な業務が必要であった。そして、非常に多くの男女がこれらの業務のために軍隊に召集されたが、そこにいる女性は、もちろん兵士の性欲処理の相手を努めている。











