「日本女性の外性器」の初版発行は1995年の夏。女性器の研究というそのテーマ故か、本書の発売広告が朝日新聞に掲載されるや一般からの注文が殺到し、初版2000部は瞬く間に完売したという。しかし本書は医学書とは言え、女性器(外性器)の無修正写真を掲載していることから、発刊当時様々な議論を呼び起こした。
1996年6月、滋賀県の女性団体は、女性器の無修正写真の掲載が猥褻文書頒布罪に当たるとして大津地検に告発状を提出したが、大津地検はこれを不起訴とした。それを受け、大津検察審査会が不起訴は不当であると再調査を求めたが、その後再び不起訴となり、女性器の写真を扱った本書は法的には猥褻図書ではないとされ、医学書として一般への流通が継続されることとなった。
この告発の一件が取り上げられている間、本書の流通は事実上ストップした上に、性交未経験女性(処女)の外性器写真が掲載されていることから好事家達の注目を集めてしまい、その希少価値から古書市場での価値が高騰、一時は数十万円の値をつけることも珍しくなかったという。しかし不起訴処分決定後、流通が再開した後は大型書店を中心に医学書として一般販売され、現在に至っている。
その他にも、1997年9月、社団法人自由人権協会は、「患者として来院した女性の外性器を無断撮影し、かつその同意を得ることなく、その写真をおよそ学術書とはいえない内容で出版したことにより、医療を求める女性を不安に陥れ、女性の尊厳を傷つけた」として、著者の笠井氏に反省と責任を明らかにすることを求める声明を発表している。また同様の理由で、法務省人権擁護局は人権侵害問題として説示を、日弁連は2000年に警告をそれぞれ行っている。
当の著者である笠井氏は、出版直後の1996年1月、滋賀医大から「大学のイメージを傷つけた」として訓告処分を言い渡され、その後同大を退官している。退官後も女性器をテーマとした幾つかの著作を残し、女性器 研究のパイオニアとしての名を残し2002年4月に亡くなっている。なお、当時の滋賀医大では派閥争いなどの醜聞が取り立たされていたため、「日本女性の外性器」出版に伴う一件についても週刊誌上などを通じて様々な憶測を呼んだことを付記しておく。
この様に本書は、医学書としての本分とその研究プロセス、そして研究結果に対する周囲の捉え方などの錯綜から問題を引き起こし、各方面に課題を残したと言える。「医学書か、猥褻か」という出版界が常に孕む命題を、女性器というモチーフによって最も具体的な形で体現した書籍であり、また、産婦人科患者の人権問題への配慮に社会の目を向けさせたヒールとしての役割と共に、出版史に残る書籍と言えよう。((C) netman 「性の本棚」)
■ 「日本女性の外性器」は増補改訂版になりました
女性器研究の金字塔と言われる笠井寛司氏の『日本女性の外性器 統計学的形態論』が大幅にページを増やし、増補改訂版として新しい姿を我々の前に現しました。そのページ数、なんと「1135ページ」。これまでが414ページでしたから、およそ3倍近くも増えたことになります。
この増補改訂版では、著者の研究の対象となった検体情報を全て網羅しているため、写真点数は8330人分にも上ります(15歳〜46歳、内、性交未経験者・処女212名)。しかも、全ての資料写真には年齢・身長・体重が判るコードが付記されており、まさに著者の女性外性器研究の総決算と言えるでしょう。
※出版社のウェブサイトでは“第1巻(従来版)との写真の重複は無し”とありますが、本書・増補改訂版は従来版(第1巻)の本文そのままに写真が大幅追加されたものです。














