喫煙の人体への健康影響に関しては世界保健機関を含む幅広い機関において多数の研究がなされ、膨大な知見が蓄積している。近年は受動喫煙と喫煙リスクに対する研究活動も活発に行われている。
■薬物依存症
動物実験などの知見から、ニコチンは明らかな依存性を持つことが知られている。ニコチンは、神経伝達物質であるアセチルコリンに分子構造が類似し、ニコチン性アセチルコリン受容体(レセプターとも)に作用することで、中枢神経のドパミン神経系、特に脳内報酬系を活性化する。そのため、摂取後に一時的に快の感覚や覚醒作用を得られる。このような報酬系を介した薬理作用は、覚醒剤など依存性を有する他の薬物と共通である。
ニコチン摂取を続けると、ニコチン受容体がダウンレギュレーション(受容体の数が減ること)を起こし、ニコチンを外部から摂取しないと神経伝達が低下した状態となる。これがニコチン離脱症状であり、自覚的にはニコチンへの渇望が生じる。喫煙に対して依存性を示す者は「喫煙でリラックスできる」と表現するが、実際は離脱症状を喫煙によって一時的に緩和しているに過ぎない。依存症の項を参照。
また、ニコチンを過剰摂取した場合、嘔吐、下痢、縮瞳などの末梢神経症状や、妄想、幻覚および錯乱などの中枢神経症状を呈することもあり、場合によっては死亡することもある。
喫煙依存症は、精神医学において物質依存(依存症)の一種であると認められており、WHOによる疾病の分類基準である国際疾病分類第10版(ICD-10)にも「F17.2 タバコ使用< 喫煙>による精神および行動の障害 依存症候群」として分類されている。日本においても、中央社会保険医療協議会により正式な疾患と認められ、2006年4月からニコチン依存症患者の病院での禁煙治療が保険適用となった。これにより禁煙治療における患者負担額が大幅に軽減される事となり、禁煙外来などが新設されるケースもある。
喫煙開始年齢が低いほど依存を形成しやすい傾向があると言われている。また、喫煙開始年齢が低いほど健康に与える影響や後年の発癌率も高いことが知られており、未成年の喫煙防止が大変重要である。
この問題について、高橋裕子奈良女子大学教授が禁煙外来受診者を対象とした調査によると、喫煙開始から医学的治療なしには禁煙できないほどの依存が形成されるまでの平均期間が、成人(22-82歳)では20年以上であったのに対し、未成年者(10-18歳)では1年8か月であった。また禁煙に失敗する回数も、成人1.5回に対し未成年者2.3回と、より禁煙に失敗しやすい傾向がみられた。しかし、禁煙のために使用したニコチンパッドの平均枚数は成人で22枚、未成年者で3枚であり、未成年の方がニコチン置換療法の有効性が高く、未成年の喫煙に関しては教育的な指導・懲罰よりも適切な治療が必要だと指摘されている。
■呼吸器疾患
喫煙により慢性気管支炎、肺気腫(これらの2つの疾患のことをCOPDとも言う)などが生じる。軽度のものを含めると、習慣的喫煙者のほぼ100%に気腫性変化が生じる。
ヒトの肺は、数億個の直径約0.1mmの肺胞で構成され、その総面積は約50〜60m2であり、この肺胞を介して血液と空気中の二酸化炭素、酸素などのガス交換を行っている。肺胞がタバコの煙に曝露されることで肺胞壁の炎症、破壊が生じ、結果的にガス交換可能な面積が減少してしまう。これが肺気腫の状態である。通常の空気を呼吸するだけでは充分なガス交換を行えず、また肺胞の破壊によって生じた肺の空洞によって胸郭の動きが制限され、呼吸困難となる。重症になると運動制限や酸素吸入を要する状態になる。
喫煙は気管支喘息も悪化させることが知られている。
■循環器疾患
タバコの煙に含まれる活性酸素は、血管内皮細胞を障害することが知られている。そのため、動脈硬化が促進され、狭心症、心筋梗塞、脳血栓 、脳塞栓、動脈硬化、動脈瘤、閉塞性血栓性血管炎(バージャー病)などのリスクが増加することが統計的に示されている。
■妊娠中の喫煙による影響
妊娠中に能動喫煙あるいは受動喫煙すると、流産、早産の危険性が上昇し、出生後の乳幼児突然死症候群(SIDS)、中耳炎、呼吸器感染症や行動障害などの罹患率が増加する。また、口蓋裂、口唇裂[9]などの先天異常の危険性も高まる。
妊娠中に喫煙していた母親から出生した子供は知能指数(IQ)が低いという報告もいくつか見られる。たとえば3044人の男性を対象にしたデンマークの大規模な調査では、平均18.7歳時点でのIQと妊娠中の母親の喫煙状態が負の相関を示したという[10]。
また、妊娠中に母親が喫煙していた場合、子供も喫煙者になりやすい傾向がある。
■免疫低下・感染症
喫煙は、免疫力を低下させ[吸器を傷害するなどのメカニズムにより、感染症のリスクを増加させる。感染症は、癌などとならび現代でも死因の大きな割合を占める疾患である。
喫煙者は非喫煙者と比べて、肺炎球菌感染症のリスクが2〜4倍高い。インフルエンザへの感染リスクも数倍高く、罹患した場合にも重症化しやすい。喫煙者はまた、肺結核の危険も高い[12]。また小児において、受動喫煙は中耳炎の危険因子である。
ヒトの気道粘膜の細胞は、粘液を分泌し線毛を運動させることで異物を排出する役割を果たしている。喫煙はこれらの細胞を破壊、あるいは機能を低下させるため、ウイルスなどの排出機能が低下する。
喫煙による免疫機能低下にニコチンが関与しているという説がある[13]。ニコチンで処置した白血球は、抗原に対して正常な反応を示さなくなることが実験的に示されている。また、ニコチンが脳に働き交感神経を興奮させノルアドレナリンの分泌を亢進させることで、間接的にT細胞の活性を低下させている可能性もある。
免疫低下は、感染症のみならず発癌にも関与する。これは免疫系が、遺伝子が変異した細胞を攻撃することで癌の発生を予防する働きを持っているためである。このことは、代表的な免疫低下疾患であるAIDS患者において子宮頸がんなどの発生が多いことからも伺える。喫煙者における発癌に、免疫低下も関与している可能性が指摘されている。
■がん
タバコの煙には、発癌性を有する化学物質が含まれており、一方でニコチンには依存性が認められている。そのため、喫煙者は長期間にわたり繰り返し発癌性物質に曝露される行為を繰り返してしまう傾向が高い。
喫煙によって罹患率が増加することが示されている癌として、肺がん、喉頭がん、咽頭がん、食道がん、膀胱がんなどがある。
ヒトの身体を構成する細胞は、分裂・増殖を繰り返している。がんは、細胞分裂の際、特定の遺伝子のコピーにミスが起こることで生じる。喫煙の際には、煙によって気道や肺の炎症・破壊が生じ、修復のために細胞の増殖が促進される。また、タバコの煙に含まれる物質は遺伝子毒性を持つことが実験的に示されている。このように、細胞分裂が活発に行われ、しかも遺伝子のコピーミスが生じやすい環境におかれることで癌が発生しやすくなると考えられている。
日本における2003年の癌の統計によれば、20〜24歳の男性が喫煙を開始して肺がんを発症して死亡する数は人口10万人あたり114.0人であり、非喫煙者は24.1人との統計が出されており、約5倍となる。全癌においては、10万人中喫煙者で571.5人非喫煙者で347人と、喫煙者において有意に癌罹患率が高いことが示されている。
■歯周病
喫煙者では歯周病罹患率が高く、歯の喪失本数も多いことが統計的に示されている。これは、タバコが歯肉の血管を収縮させることや、歯肉の炎症後の血管新生を遅らせること、炎症自体を起こしにくくさせることなどによると考えられている。海外では、たばこの容器には、進行した歯周病の写真と「タバコは歯周病を起こす」というメッセージが表示されている国もある。
歯周病は、口腔のみならず全身の動脈硬化を促進し、心筋梗塞や早産のリスクを高めることが知られており、喫煙による動脈硬化リスクを相乗的に高める可能性がある。
■その他の疾患
勃起不全(ED):喫煙者は非喫煙者よりも2倍以上勃起不全の罹患率が高いという[14]。喫煙がEDを起こす仕組みは完全には明らかでないものの、血管内皮の傷害による陰茎海綿体の血管拡張障害によると推測されている。
認知症:かつては、「タバコには(ニコチンによって)アルツハイマー病の予防効果がある」とする報告もみられたが、その後の前向きコホート研究では、喫煙によってむしろ脳血管性痴呆やアルツハイマー病が増加することが示されている。また、認知症ではない高齢者17,610人を対象とした調査において、喫煙者の方が認知機能低下のペースが速いことが示されている。
美容上の問題:喫煙は皮膚のシワを増やすことが知られており、長期喫煙者はスモーカーズフェイスと呼ばれる独特な顔貌を呈するといわれている。また、煙に含まれるヤニが歯に付着したり、歯周病を増やす(前述)ことにより、美容上の問題が生じやすい。
スポーツなどへの影響:ニコチンは血管を収縮させ血流を減少させる。またタバコの煙に含まれる一酸化炭素は、酸素よりもヘモグロビンと結合しやすく、末梢への酸素供給能力を低下させる。そのため、スポーツ選手や楽器奏者、ダンサーなどには職業上有害である。
クローン病
関節リウマチ
睡眠障害:ニコチンは覚醒作用を持つため、就寝前の喫煙は睡眠障害をきたす可能性がある。
創傷治癒の遅れ:喫煙者では、創傷部位の皮膚の回復が遅いことが知られており、手術後の回復日数も長いことが示されている。














